続く17

悪とは何か?


と人生をかけて考えてきたが、

30数年かけてやっと自分の中で何が悪か?というものが固まってきた。


それがあまりに定型文みたいなもので悲しくなったが、

悪とは自分の考えや価値観を相手に強要しようとする思考そのもの。

正義感もその1つだ。


自分の正しさを強く信じる心に棲みつく魔物が悪というものなのだ。

正しい事をする、正しい事を言う事が正義ではない、むしろ正しい事をする人、正しい事を言う人の中には自分の正当性を訴え人に強要する者も少なくない。


人間の歴史で最も高い致死率を叩き出すものは正義の心だ。

正義の心の裏には自分の正当性を押し付けてくる魔物、悪が潜んでいる。


自信を持つなとは言わない、正しい事を疑えという事でもない。


ただ少し立ち止まって欲しい。


その正しさに相手は本当に納得していますか?


続く16

今更今年の目標をば、

とにかく諦めない、妥協しない、

去年妥協のせいでいくつかのチョイスミスが発生、

一つに関しては恐らく永い遺恨となる恐れがある、

妥協して「この人、で、いい」という思考になってしまい相手に合わせようとした結果、ギリギリで相手を見切って裏切る結果となった

何より「この人、で、いい」ではなく「この人、が、いい」で選ばないと、何より妥協して選ばれた人間に対して失礼千万だ、 ギリギリまで粘りに粘っていい人選に努める、

元々人を見る目には自信があるし、 勘は無駄にいいし、

巡り会いにも恵まれている方だから、

続く15

クリエイティブ、という言葉がある、

個人的にクリエイティブという言葉が嫌いだ、

理由としては、

クリエイティブの意味が「創作」である以上、自発的に創作を行えばクリエイティブでありそれでいいと思っている、 このはてなブログもある意味とってもクリエイティブ

だけどクリエイティブという言葉を使いたがる人間にそうもいかない人々がやたら多い、はてなブログじゃダメな人が多い

①クリエイティブというものを定義したがる人々、

②机上の数式に則ったPDCAサイクルなどを組んだりして隅から隅まで計画的かつ商業的に行うもの以外クリエイティブと認めない人、

要するに成功して情熱大陸とか出たい人、

こういう人達は多いけど、どちらも嫌いだ、

上昇志向というよりただカッコつけたいかセックス相手を増やしたいだけの人だから、

①はごめんなさいだけど、その定義を定めることに時間をかける行為そのものが最早クリエイティブと真逆に感じるので問題外、 何も作れないで諦める人、

ルーティンワークの職に就いて平和に生きるのが向いていると思う、

②は商業作品ことプロダクトデザインなどの可能性を感じるが、

ただ、数式=既に存在するものをいじる、

という発想にしかなれないので発想力に乏しくつまらないものを作ってお茶を濁す事もしばしばなのでやはりこちらもモノづくり以外の職に就いて、作品を売ったり管理する仕事をやるととてつもなくいい仕事ができるだろう、

クリエイティブって恋みたいなもんじゃないすか?

それが何だかわからないけど好きみたいな?

実際クリエイティブってむちゃくちゃ野蛮でかっこ悪い事だと思うんです、 無いものねだりして駄々こねるような、

創作に関してわざわざクリエイティブというヤツは恋に恋する中学生と同じ思考なんじゃないかと思う、

完全なる偏見だが、この手の人々モノづくりの現場に来ると行動力に欠け嫉妬心が強い=行動しないクセに人の悪口ばっか言う輩さん達になってしまう人が非常に多いと思う、

そして、こんな人々がモノづくりの現場には多いと思う、

モノづくりの現場で働いて「クリエイティブとは」みたいな事言って偉そうにしてたらカッコいいじゃない?

だから憧れて来るけど以外と行動力が求められるガテンな世界だからうまくいかないで愚痴愚痴と世を呪う、

自分はこういう輩さんのゴミのような思考から距離を置いて、その隙間を縫って頂けるものを片っ端からいただかせてもらいます、

つづく、

続く14

金持ちになる欲求を否定する人間を否定して生きてきた、

金持ちには興味は無い?

は?

じゃあ生活はどうするの?

日々湧き上がる絶え間ない欲求は?

そんなの嘘だよ、

絶対求めてるよ、

だって金の力は絶大だもん、

興味ないなんて金持ちになってから言えよ、って、

ただ、最近気付いてしまったが少なくとも自分にとって金持ちになってみてから実は興味がなかったという事実に気付いた時のリスクって結構エグい、

金持ちになるまでに築いた人間も関係も所詮エグい関係だから、

そんな人間と関係が切れた後に恨みを買った人たちから何されるかわかんないからそのリスクもエグい、

誰の恨みも買わずに金持ちになれると思っているほどはバカじゃないから、

金持ちになって興味が無いと言う自分の価値を自分で否定してしまうとかそういう精神論的な問題以前にとっても危険、

毎日いつ襲われるかわからないリスクと向き合いながら何の後ろ盾もなくビクビクしながら貯金残高だけが減り続けていく生活、

それこそ金持ちになれずに仲間と燻り続けている方がまだ恨みを買う人数が少ない分

楽だし平和的、

ここで「守ってくれる仲間ができるだろ?」って思った人は相当人がいいかバカだ、

金持ちになるまでに繋がる人間なんて金か金に繋がるメリットでしか繋がらないんだから金も積まないで簡単に守ってくれるわけ無いじゃん、

金や政治の中で力を振るう事を甘く捉え過ぎ、

金で買った恨みは時に金じゃ払い戻しできない事もあるから、

その時はあなたかあなたの大切な存在の命または心、どれかは必ず持っていかれますから、差し出しましょうね、

誰だって栄枯盛衰の末に嘲笑され惨めな気持ちのまま殺されたり飢え死にしたりはしたくはないだろ?

金に興味は無くとも自分の身を守る為に金はかかる、

なら守る為に稼がなくちゃならない興味も無い金を手にする為に恨みに恨みを重ねて、

心の無い毒虫みたいな連中とよろしくやって、

そんで人間は野蛮で残酷だ人生は不毛だ、なんて悟り出して、そんな中で一人また一人と恨みを買って行く、不毛地獄だ、

金持ちになるって麻薬と一緒、

一度手を出したら結構なリスクを背負わないと手放せない、

そこまで考えている人間が果たして何人居るかはわからないけど、少なくとも個人的な理屈ができあがってしまった以上は金持ちに興味無いって人の事を否定するのはやめる、

金持ちになりたい!って言ってもいいし、

興味無いって言ってもいい、

双方にリスクはあるから、どちらのリスクがまだマシか考えてから飛び込んだらいいのだと思う、

どのみち金と命の心配は尽きないんだな~

つづく、

続く13

ケンとカズという映画を観た、 日本版 息もできない と呼ばれているのでさぞ暴力的なヒューマンドラマなんだろうと予想していたけどいい意味で裏切られた、 これは息もできないというより、哀しき獣ですな、 超良かった!! 作品のクオリティーを語るなら、この一言に尽きる、 けど、けどね、 見終わった後に高揚感と共に妙な不安感にも襲われた、 ケンとカズという映画はモロに暴力の世界を描いている暴力的な映画でありその暴力に対して興奮するしとても楽しい96分だった、 けど、楽しい、だけで良かったのか? 本来目の前で暴力が展開されていれば怖いし不快でなければいけないのに、この映画を観て感じた事は楽しい&面白い、だった、 危険度の高い思想家ほどその思想が危険なものとは認識させないようにアウトプットするもの、この映画の作り手が危険な思想家とは決して思わないけど、暴力映画やノワール映画と謳う以上は恐怖感の薄い暴力映画はアクション映画という文言を入れた方がいいのでは? そう思った、 アクション映画という触れ込みで客が来なくなる程作りの弱い映画では無いし、 アクション映画か暴力映画かなんて観点は抜きにして面白いと太鼓判を押す有名人のコメントが多数寄せられているんだし、 「衝撃のハードノワール」ではなく「衝撃のバイオレンスアクション」でいいと思う、 もし深作欣二が生きていたらそんな事を言いそうだ、 アクション映画と暴力映画(ノワール映画)は違う、 アクション映画は暴力の快感を客に与え暴力映画やノワール映画は暴力や犯罪の不快感を客に与える為に作られているものだ、 不快感をペンドして敢えて漂白された表現に留まるなら、むしろ中途半端にノワールと表現するよりバイオレンスアクションエンターテイメントと謳った方が割り切って楽しめる作品である事が強調されてむしろ一般的な客足ももっともっと稼げたんじゃないか? タランティーノの映画みたいに、 それぐらいの大風呂敷広げてもしっかり楽しませてくれる映画だよ、 ノワールって言葉にピンとくるのは一部の映画好きぐらいなんだしさ、 主人公に感情移入した理由は格好良さであって、 憐れみではなかったよ、麻薬の密売ってなんだかカッコいいじゃないの、って感じたよ、 この映画が麻薬販売の促進に一役買ってしまわない事を切に願う、 映画にとって一番の敵は映画に影響されて人を傷付けるバカだから、 そんなバカに利用されてしまわない事をただただ祈る、 めちゃくちゃ素敵な映画だから、 プロモーションがピントを外すと社会現象から社会問題に発展するからマジで怖いんだよ... つづく、

続く12

映画も音楽も共通している一点として時間という概念がある、

音楽では1分台の曲しか作らないものもいれば長いものだと1曲1時間越えなんてものがある(ゴッドスピードユーブラックエンペラーの諸作とか、フィッシュマンズのロングシーズンとか)

映画に関しは台詞と画による作品となるからもう果てしなく気が遠くなってしまう、

自分は一応とは言え音楽も映画も触れてきている、

そんな中で気が付いたのは、作品を残す上で作者を最も現しているものは作品の内容よりも作品の時間では無いかという事、

良し悪しの問題ではないけど、

おそらく音楽であれ映画であれ作者本人にとっての適切な長さというものが存在し、長い短いに関わらず適切な時間から逸脱した作品は作者を良し悪しの判断基準の蟻地獄に落とす、

というか大概、長過ぎ、短過ぎ、という理由で不評となる、

とある作者が評価された際に作品の内容もあるにせよ時間というものはとても重要では無いかと思う、

10分位内の短編しか作らない自主制作映画の監督、

曲数35曲/演奏時間:25分というアルバムしか作らないバンド、

それぞれが己の体内時計と向き合って作った適切な時間の作品であれば、

それはどんなものであれ評価されるのでは、

だからさ、長編はまだ長い、とか、

短編は作れない、とか言わないでやってみぃ、

作者自身が自身にとって適切かどうか決めればいいし、お客さんもまた自分にとって適切な作品を選び取るから、

どこかで双方は幸せな出会い方ができる筈!

俺は...多分長い作品、

つづく、

続く11

自分を救い出してくれたり違う世界へ連れ出してくれたり、

そんな存在を求める事はまま誰にでもある、

誰しもが自分の力以外の何かによる変化を求める、

こと映画やドラマの中でのお話となると具体的に視覚化されるので幻想のスイッチとしての役割りはまぁ大きい、

みんなそんなある種のヒーローに賞賛を送り憧れを抱く、

いつの時代も人間がいかに自分の力で変わりたくない生き物なのかがよくわかる、

別にいいけどさ、

待ちたきゃ待てよ、

そうこうしてる間に先に行くヤツは行く、

自分がヒーローになりたいわけじゃない、

めまぐるしく変わり続けたいだけ、

だって変わる事楽しいじゃん!

自分という生き物の中に日々の積み重ねがあるとするなら、

日々変わり続ける事を積み重ねたい、

何度となく同じとこに辿り着いてはそこを離れて走ってはスタート地点に戻り、を繰り返す、

そうしているうちに解るんだよ、

自分を変えられるのは自分以外に居ねぇの、

自分が動いた結果得た通称「無駄」は変化に必要不可欠なもの、

自分を変えてくれる(かもしれない)存在を待ち続ける行為の方がよっぽど無駄じゃねぇかよ、

そんな事を言いながら自分はまた、通称「無駄」を積み重ねております、

まぁ、マジで無駄だった事もあるよそりゃあ、

つづく、